具体的な縮図

県下で2番目に古い歴史を持つ、旧中富町、身延町立静川小学校が閉校した。
明治維新後間もない、明治5年から、140年の歴史を持つ学校であった。

現在の校舎を建てる時には、地域の方々が1軒あたり2週間ほどの勤労奉仕をして
土砂の運搬から、土木仕事まで奉仕で行ったという。
文字通り、地域全体で築いてきた学校だ。

水泳の強豪校として、県下に名を馳せた同校の、歴史を刻む古い写真が披露された。

その一人ひとりの鋭い眼光には
地域と、この学校を背負い、県下一を成し遂げた誇りがうかがえた。
静川小学校ここにありと言わんばかりの
その誇りに満ちた顔を見ると
まさかこの日が来ることなど、夢にも思っていなかったはずであろう。

閉校式、何百回と歌われて来た、最後の校歌を斉唱する時。
ずっとこの学校とともに生きてきた、地域の方々の叫び声とも取れる歌声が
私の耳に突き刺さり、心に重く響いた。
なぜ無くしてしまうんだ!と言わんばかりの
ぶつけようもない苛立ちと悲しみが言霊となって体育館を包んでいた。

何故だろうか?
かつて何百年、脈々と受け継がれた村や地域が、山間部から少しずつ消滅している。

ずっと続いて来た、本来あるべき村が、地域が
ここ数十年で急速に、そして自然と縮んでゆく、無くなって行く。

・それは時代の流れだから仕方ないよ。
・若い人が住まないからね。
・田舎じゃ食っていけないからね。
・便利なところに住みたいよね。

価値観が変わった、人々の繋がり方が変わった。
日本人の心が変わった?別に変わることが悪いと言っているわけではないが。

話はそれるが、
戦争は武力によって、地域や人々の生活を瞬く間に滅ぼす。

そのあからさまに、目に見えた武力による破壊と支配では、人々の心までは支配できない。
残された者の心に渦巻く、悲しみ、憎しみ、怒り、怨念。。。
強く燃え盛るさまざまな心の歪みの矛先は、常に支配者に向けられる事となる。

もちろん、消滅してしまった学校や子どもが居なくなった地域は当然武力によるものでははない。

しかし、消え去るモノを見送る気持ちは、形や強さは違っても、似た空虚感が漂う。

武力によって無くなったのではなく、私たちの心の変化によって無くなったのか。
そこに住まなくなった、子供をつくらなくなった、その心の変化はどこからくるものなのか。

ゆっくりと自然と変わり無くなって行くもの、もしくは、そこに存在していないものに対しては
誰を恨むはずもない、誰も恨むことすらない。

今、田舎で起きていること、それはこれからの日本の縮図。

日本がこれから世界で先陣を切って迎えるという超高齢化社会。

子供が生まれない、若者がいない、生産人口の減少、その先にあるものは?

だれもいなくなった校舎が静かに警鐘をならしている。学校が廃校になることなど
予想だにしなかった、あの写真の目が訴えている。

もしかして、何十年後、いま全国の田舎でひっそりと消えている集落と同じことが
甲府の真ん中で起きていたら、その時、日本はどうなってしまうんだろう。


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